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建国記念日と皇位継承

平成28年4月3日に神武天皇二千六百年大祭が奈良の橿原神宮で斎行されました。皇位継承の不文律を知っていますか?中学受験の参考書でも、登場する最初の天皇は雄略天皇です。第21代の天皇です。その次は、推古天皇でこちらは第33代の天皇です。聖徳太子の実在までは否定できないので、さすがに詳細な記述があります。古事記、日本書紀の説明のところでは、この参考書には「神武天皇はもちろん実在の天皇ではない」と断言しているというご丁寧さです。

神武天皇は実在した

実在しないと証明する方法でも見つかったのでしょうか。こんな参考書で勉強させられる子供達がかわいそうです。かつて、シュリーマンはホメロスの叙事詩から古代の「トロイの木馬」の町を発見しましたが、当初、専門家の多くは、トロイの遺跡の実在を否定していました。神武天皇に関する事跡は、古事記、日本書紀に詳細に記述されています。そして、神武天皇にまつわる史跡は日本中にあります。九州から紀伊半島まで、神武天皇にまつわる事跡はたくさんあります。至るところにあるのです。それを否定し、魏志倭人伝などという中国の文献だけに残っている卑弥呼や邪馬台国の実在を云々している日本の歴史学者の愚かさ。

日本の誕生 皇室と日本人のルーツ

父を系図でたどれば神武天皇につながるのが男系継承

第一代の神武天皇から現在の第125代目の今上陛下まで、連綿と続いている皇位は、すべて男系継承によって維持されています。すべての天皇は系図の上で父親をたどると神武天皇につながります。女性の天皇であっても父親をたどると神武天皇につながります。いま、女系天皇容認を主張する人々は愛子女帝の擁立をめざしているようですが、愛子さまの結婚相手がどのような人になるかわからないということは、その次の天皇は、父親をたどっても神武天皇につながらないことになり、事実上、皇統は断絶したことになります。皇統二千年の不文律は、男系継承です。現在、女帝が認められていないのは、結婚の問題があるからなのです。古代の女帝はすべて終生にわたり独身でした。

女性天皇容認論は皇室滅亡の陰謀

愛子女帝が誕生したとして、終生の独身を強いることができるのでしょうか?現代においてはそれは不可能です。明治維新の後、皇室典範において男系男子の継承と定められたのは、皇統の不文律を守るための知恵でした。女性宮家創設や女系天皇容認論を主張する人は、歴史の勉強が必要であると言わざるを得ません。そして、令和の時代となりました。すると、オールドメディアがさかんに女性天皇の実現を叫ぶようになりました。これこそが皇室を滅ぼさんとする悪だくみです。怪しげな漫画家や皇室学者と称する者たちにだまされてはなりません。

悠仁親王殿下のまたいとこにあたる男子が五名存在する

旧宮家とは、敗戦後にGHQの圧力で民間に降下させられた皇族たちです。その中には、明治天皇の孫と昭和天皇の娘が結婚した子孫もいます。彼らは現皇族よりも明治天皇の血が濃い方々です。これら宮家は、すべて皇位継承者を補充するために皇室本家とともに時代を歩み続けた方々なのです。そして、皇族の数が減少した今こそ、旧宮家を皇籍に復帰させて、男子を補充するべきなのです。アメリカ占領軍の圧力で皇族としての資格を剥奪された被害者でもある旧宮家の方々をいまこそ、皇室に復帰させるべきなのです。しかし、現行の法律では皇族は養子をとることができません。養子を旧宮家に限り取れるように改正することで、現存する宮家へ養子縁組の形で、旧皇族の数名の男子が戻ることで、皇族数は安定化します。皇室は本家と分家数家により男系継承を維持できるのです。このことは、フランス王室が、800年間も本家と分家で男系継承できたことからも明らかです。フランスはキリスト教ゆえに一夫一婦制であり、側室なしに、本家と分家だけで男系継承してこれたのです。分家が数家あるだけで可能であることは証明されているのです。もし、GHQが敗戦のどさくさにまぎれて皇族の数を減らす陰謀を仕掛けてこなければ、今頃、皇位継承資格者は、120名もいたことになります。旧宮家男子の総数は120名もいるのです。
一の宮、パワースポットの真実


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