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新興宗教について

日本にも巨大な信者数を誇る新興宗教がたくさん存在しています。その中には温厚なところもあれば、峻厳なところもあります。中には、日本の伝統文化である神社への参拝を拒絶するように信徒に強要している新興宗教もあるようです。そのような新興宗教の信者のかたはすぐにこんなことをいいます。「私が続けてきた中で体験した事で、守られていると感じたことは数え切れないです。」だから本物だというのです。また「信仰を悪く言い、いじわるをした人、やめた人の末路も見てきました」不思議なぐらい同じことを皆いいます。御利益のために信仰しているというのでしょうか。こんなことをいう人に反論したいのは、第一に、人間は誰でも守護霊や守護神や祖先に守られているので、その宗教のおかげでラッキーなことがあったのかどうか、そんなことはわかるものではないということです。守護霊や先祖は、子孫の信仰と無関係に守るときは守ります。新興宗教の御本尊に熱心に祈ったら願いが叶ったと信者は思っていても、本当はその姿を見ていた守護霊が助けてくれたというケースも多いかもしれません。

新興宗教の問題点

それに、自分の信じる新興宗教の悪口を言う人が不運になったとか不幸な末路になったと主張する人が多いですが、反対の立場の人に罰を与える神仏が本当の神仏か?という大いなる疑問が残ります。もし、こんなことを心から思っているとしたら、とんでもない話です。本当の神仏は愛と慈悲の存在なので天罰などをあてたりしません。やめると地獄に堕ちるとか、信じないものに不幸な末路を、
などと言うのは悪魔のすることです。もし、こんなことを根拠にしているなら、それは悪魔の宗教でしょう。神仏を名乗っていてもその背後の正体は悪魔かもしれません。邪悪な霊でも99%までは神を真似ることができるので一見、良い教えを広めてるように見えますが、最後の一厘のところで、愛がなく冷酷です。神の教えを信じないものに天罰があるというなら、世界中の独裁者、犯罪者、麻薬組織、邪悪な集団は、なぜ、普通に生きているのでしょうか?そんな立派な神様なら、今頃、こんな集団は全滅していなければおかしいはずです。そんな連中は生きていて、自分の宗派の悪口をいう人だけが不幸な末路になるのは、おかしいわけです。こんなことは常識で考えたらわかる話です。

守護霊の加護は誰にでもある

邪宗教を信じていてもラッキーなことがあるのは、人間に誰にでもついている守護霊や祖先の加護があるからであり、その新興宗教の悪口を言うものや、退会した者が不幸に見舞われるのは、その邪霊がたたりをするからです。たたりをする邪霊のつくった宗教を信じる愚かさに気がつくべきです。真の正義は時代が変わっても普遍のものです。そして真の神様は、たたりなどしない。来るものをこばまず、去る者を追わないものなのです。縄文時代から一万年も続く、日本の伝統文化の根っこである神ながらの道。それが神道です。日本に生まれているのに、伊勢神宮にもお参りできないなんて、不幸なことだと思います。新興宗教で悩んだかたは、下記をお勧めします。
ほんとうのスピリチュアルを学ぶ

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