スポンサード リンク

神社でご祈祷を受ける意味

「厄年ではないのですが、最近、トラブル続きです。厄除けの御祈祷はしていいのでしょうか?」という質問が時々ありますが、厄年に該当する年齢でなくても祈祷は、申し込めます。災いが多いときには随時おこなってもよいです。ただし、日ごろから定期的に、「心願成就」でご祈祷をしている人は、数年に一度ご祈祷を受ける人よりも神様には真心が通じていますので、わざわざ「厄除け」祈祷にしなくても大丈夫です。いつものお参りのときに、そのことをあわせてお祈りしてもかまいません。神様というのは、杓子定規なものではなくて、もっと人間的な存在です。人格(神格)を持った存在です。いつもの心願成就のお祈りのときに、この件も追加して祈ることで、十分に対処できることがほとんどです。開運の前には、カルマの清算がおこるのがふつうです。つまり、何らかの試練がたいてい起こるものなのです。人によっては転んで骨折したりします。そうやってカルマの清算をすることで、運勢的に身軽になることで、自分の願いが叶うための準備が整うのです。<そういうことが起きたときは、別途、厄除けでのご祈祷を余裕があれば、やってもかまいませんが、いま、現在、参拝をしているのであれば、それをこれまでどおり継続すれば十分です。ただし、どの神社を活用するかが非常に重要です。「神伝トリニティ願望成就法」で推奨した神社のみをご活用頂くことをお勧めいたします。

開運のプロセスを加速するには

引き寄せの法則を実践しても、なかなか、うまくいかないときには、それは、自分の徳分が不足していることが一つ、もう一つは、前世の負債がまだたくさん残っている、ということです。そこでこの不足する徳分を加算する努力と、前世の負債を清算する努力が必要になります。徳を積むのはこつこつと善行をしなければならず時間がかかるし、マイナスのカルマの清算は、今、実現せずに苦しんでいることそのものが清算になっているともいえます。カルマの負債がある限り、一定の苦労や試練があるものなのです。その意味で、叶わないときは、まだまだ負債があるのだなと理解することが肝心です。何でもすぐに引き寄せる人は、前世の徳分が豊富にあり、前世の劫は少ないということです。逆に引き寄せができない人は、徳が至らず、負債も多いのです。引き寄せで宝くじが当たることは良い事ではありません。それは前世の徳分という運勢の貯金をお金に換えて引き下ろしたことになります。つまり、運が消滅したことになります。棚ぼた式に一攫千金を得るようなものはすべてこの原理が働いています。つまり、マネーゲームの類は実は危険なことなのです。

スポンサード リンク



※著作権は放棄していません。ウェブサイト上の画像・文章などの転載、引用はお断りいたします。