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第十代崇神天皇の時代に創建

備前国一の宮である吉備津彦神社は、岡山県岡山市にあります。祭神は、大吉備津彦命です。吉備中山の東麓の吉備津彦神社と、西麓の吉備津神社に、同じ神様が祭られています。吉備津神社のほうは備中国一の宮です。吉備津彦神社は第十代崇神天皇の時代に創建されています。大吉備津彦命は、桃太郎伝説のモデルになった人物とされています。第七代孝霊天皇の皇子であった大吉備津彦命は、四道将軍の一人として、岡山地方を平定するためにこの地にやってきたとされています。この地方を荒らしまわった温羅と呼ばれる邪悪な鬼を大吉備津彦命が退治したと伝わっています。破邪顕正の神でもあるので、さまざまな問題があるときに、ここでご祈祷を受けて、熱誠の祈りを捧げると、問題を解決する霊的原動力が、授かることでしょう。お祈りのこつとしては、お賽銭箱の前でまずしっかりと祈ってから、社務所にてご祈祷を申し込まれると、いっそう効果的です。広島県福山市にある吉備津神社の大吉備津彦命は、国土経営、五穀豊穣、正義発動の神様であり、備後国一の宮です。邪悪なものに苦しめられている人が参拝すると、破邪顕正の神徳を発揮されて、救済して下さいます。その際には、正式にご祈祷を受けて、礼節を尽くして祈ることをおすすめします。

平城天皇の時代に創建

二つの随神門があり、ほかに類例を見ないものといわれています。境内には南朝の英雄、桜山滋俊を祭る桜山神社が境内にあります。桜山公は、楠木正成とともに後醍醐天皇を助けて、足利尊氏と戦いました。1331年(元弘元年)に後醍醐天皇(43)の鎌倉幕府に対する倒幕計画が幕府の知るところとなり、日野俊基、文観らが捕縛されましたl。これが元弘の変です。同年8月には鎌倉より京へ軍勢が差し向けられ、後醍醐天皇は奈良の笠置山に逃れられました。9月には、楠木正成(37)が河内の赤坂城で挙兵しました。このとき、楠木正成に呼応して、備後の桜山滋俊が挙兵しました。しかし、奮闘むなしく敗れ、備後の吉備津宮を焼き、自刃しました。9月末には幕府軍が笠置山へ攻め込み、笠置山が落城し、後醍醐天皇は幕府にとらわれ、隠岐に流されてしまいます。しかし楠木正成をはじめ忠臣の活躍で鎌倉幕府は滅亡して建武中興が実現しました。後醍醐天皇の治世は、足利尊氏の謀反によって頓挫し、楠木正成は湊川の合戦で討ち死にしてしまいます。こうした南北朝時代の忠臣たちの生き様は、命がけで正義を発動する勇猛の心を私たちに教えてくれるものです。お参りされる際にはこうした故事にも思いをはせて、正義発動を熱誠祈願されるとよいでしょう。

備前国一の宮 吉備津彦神社記事一覧

愛媛県越智郡大三島町にある大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)。ここは広島県尾道市からもすぐ行けるパワースポットです。そのため、広島県の東部におすまいの方や岡山県西部の方は、活用されるとよい神社です。もちろん愛媛県に在住の方にとってはここは一番のパワースポットです。大山祇神社のご神徳は、ものごとの是非、分別を明確化して、本来の姿に立て直して下さるというものです。日本神話の中での大山祇神は、木花開耶姫...


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